まちづくり会社「緑葉社」の継承(後編)

2015年4月、不動産事業を起業すべく、町づくりに積極的な方へ出資のお願いに上がることを決意しました。ところが、はじめに伺った原田研一さんから、不動産免許を持った「株式会社緑葉社」を譲渡したいと、反対に提案がありました。
なんと原田さんは畑本と同じような考えで、友人の協力を得てまちづくり会社を細々と運営していたのです。

自身の株を畑本とその仲間に譲渡し、まちづくりを専業として頑張るなら全面的にサポートする。唯一の条件は「緑葉社※」という社名を残すこと。
(※社名の由来については、緑葉社HPを参照)

二つ返事で承諾し、原田さんと共に他の出資者のもとへ足を運び、説明をして、賛同を得ました。他の方へも増資引き受けのお願いにあがり、2015年7月「株式会社 緑葉社」の代表取締役に就任したのです。

就任後は、原田さんや兵庫・岡山で田舎物件を扱う(有)スローライフの芦田代表(当時)、庄野店長(現代表)をはじめ、不動産に長けた吉田純一さんなど、
多くの方に古民家の不動産取引について学び、知識を蓄えました。

具体的に物件を‟買う・売る・貸す・借りる“などの話ができることや、複数の物件を同時に扱えるということが、これまでNPOの立場でまちづくりに関わり苦労してきた畑本にとっては新鮮で、まちづくりの領域で不動産免許を持って動く事の面白さに目覚めていきました。
そして、自社関連拠点の整備や城下町物件の管理数が増えていくうちにエリア
マネジメントやエリアリノベーションの考え方を持つようになっていったの
です。

ひとまちあーとの目線に立つと、緑葉社のおかげでこの考え方に気付き、前回のコラムで触れたような「暮らしと観光が共存する城下町」のゾーニング構想に繋がっていったといえます。他方で、ひとまちあーと時代から思い出や経緯を住民に聞く習慣を大切にしていたので、緑葉社のお客様からも教科書に載っていないような歴史のこぼれ話を伺うようになっていました。
今でも物件所有者の生の声を聞けば聞くほど、お預かりした物件をミライへ
繋げていくことの責任を感じ「50年100年先に繋げていく」という想いが強まります。

ムカシミライ学校で住民に物件の経緯や思い出を聞く

現在、このような想いに賛同してくれる30名以上の市民のみなさんの‟出志金“(出資金)をお預かりし、「まちづくり会社 緑葉社」を経営しています。
当初の“市民が主体的にまちづくりを行う市民出資会社”という運営方針は、6年たった今でも変わりありません。
畑本をはじめとした複数の筆頭株主でも、それぞれ4%程度しか議決権を持たず、大株主を作らないというものです。

緑葉社株主総会の様子

龍野で出会ったたくさんのご縁に感謝して、100年前と100年先のマチとヒトを
想い、緑葉社はこれからも精進して参ります。

百年、千年先にこの龍野を残していく私達のまちづくりプロジェクトに支持頂き一緒に創り上げてくださる方を募集します。ハローリノベーションによる投資型クラウドファウンディングを計画中です。https://hello-renovation.jp/

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です